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2019/10/21 | KAJIMOTO音楽日記

●(再掲)華麗なるフィラデルフィア管のヒストリーを語る その4「21世紀になって」


B男: でもオーマンディ42年のあと、ムーティが12年、サヴァリッシュが10年と、音楽監督を務める年数がどんどん短くなりますね。

A: そうだよねぇー、時代というべきなんだろうけど、1人が長年をかけて「音」と「音楽」を練ってきた、というこれまでの話を振り返ると、ちょっと寂しいよね。もっとも今となってみれば、10年ですら最近では長いくらい・・・

C子: それでも「フィラデルフィア・サウンド」はキープし続けているんだから、すっかりそれがDNAとして根っこに生きている、ってことですね。メンバーは変わっていくハズなのに、それがすごいと思う。
次に来たクリストフ・エッシェンバッハもドイツ人の巨匠。サヴァリッシュからのこの路線、21世紀に入っても踏襲したんですね。



A: そうとも言えるけど、半分くらい違うかな。エッシェンバッハはああ見えて現代音楽に力を入れたり、表現にも先鋭的なところがある人だから。

B: 僕、2005年の来日公演でマーラーの「第9交響曲」聴きましたよ!すごく粘っこくて遅い演奏だった。ただ、サウンドとしては・・・

C: なに?その「・・・・」。

A: 言いたいことはわかるよ。私も「第9」と「第5」を聴いたけど、正直、豊潤さとか滑らかさに欠けた音になる箇所が多かった。ちょっと残念な気がしたな。こんな感じだったからかなあ、エッシェンバッハは2008年に早くも辞めることになった。

B: 5年・・・

A: でもね!両者の名誉のために言っとくが、エッシェンバッハの最後の年の来日公演では「フィラデルフィア・サウンド」が見事に戻っていたんだよ。あんなふくよかな弦の響き、管楽器の鮮やかさが活かされたシューベルトの「ザ・グレイト」なんて初めて聴いたし、シューベルトでこういう演奏を想像してもみなかった。

B・C: へぇ~。まさに有終の美。人間関係って難しいですね・・・

A: そして2008年にシャルル・デュトワが首席指揮者に。

B: えっ?今までのように音楽監督じゃないんすか?



A: うん、そこは不思議でね。でもデュトワとフィラデルフィア管はその時まで30年近い付き合いで、このオケがやっている夏のサラトガ音楽祭の監督でにあったし、両者はお互いをよく知り抜いてる。だからこそ、今更結婚しなくても・・・みたいな感じ?

C: そんなもんなんですか!?

A: そんなもんだと思うよ。ともあれ、先に言ったとおり信頼の深い両者、ましてやデュトワは「音色の魔術師」としての指揮術で世に名高い人だ。結果が悪いわけがなく、2010年の来日公演でのラヴェル「ラ・ヴァルス」や、フィラデルフィア管が世界初演したラフマニノフの「交響的舞曲」なんて、色とりどり、胸のすく快演だったよ。

B: その頃でしたっけ?フィラデルフィア管が倒産したのは。

C: オーケストラが倒産するなんて思ってもみなかった。

A: 倒産・・・破産だね。あれには私も驚いた。なにせ、フィラデルフィア管は全米No,1のお金持ちオーケストラ。寄付金の膨大さを誇るオケだったし、そのためにメンバーの楽器は高価なものばかりで、「フィラデルフィア・サウンド」のゴージャスな音はそのためだ、なんて言う人がいるくらいだったから。

C: アメリカのオーケストラって寄付金で成り立っているのですよね?

A: そう、そこがヨーロッパとは根本的に違うところ。「官」がもっているオーケストラはアメリカにはない。歴史が浅い国で、宮廷や貴族がないわけだから、そんなルーツがそもそもないんだよね。新大陸アメリカでは、だから音楽家や愛好家が自らお金を出し、加えて市民に資金提供を求めてオーケストラが組織されたんだ。
つまり「音楽をやりたい」「聴きたい」という人たちによる、ある意味自然で健全な、完全に「民」主導というわけ。それから、たとえばプログラムに掲載しているメンバー表なんかを見ると、首席奏者に「~Chair」と書き添えてあったりするのだけど、これ、首席に対する個人寄付している人の名前なんだよ。
しかしね、こんなだから不景気の波などのあおりをくうと、これほどの由緒ある楽団でもこうした惨事が起きてしまう。

B: 今は録音の収入もないんでしょう?

A: まあ、ないわけではないけれど、それこそオーマンディやムーティの時代・・・60年代から80年代のレコード産業全盛時代、毎月のようにレコードを出していた頃に比べれば、確かにないに等しい。レコード会社の困窮は、手間もお金もかかるオーケストラ録音の契約はしないことにつながり、録音は激減した。ロンドン響やコンセルトヘボウ管みたいに自主レーベルを作って今でもどんどんCDを出し続けているところもあるけど、アメリカは配信文化が栄えたこともあって、CDなんて全然出さないよね。配信してる、といっても日本ではよく知ってる限られた人しかお金出してダウンロードしないし。
そのうち「フィラデルフィア管のサウンドは・・・」なんて話をしても、若い世代にはなんのことやら?になっちゃうよ。

B: それはマズすぎます。文化が、こういう音を「聴く伝統」までが廃れちゃう。

A: だから更正法を経て、フィラデルフィア管の立て直しが行われ、元気印のネゼ=セガンと共に以前と変わらないクォリティ、活気ある演奏活動に戻ってくれたのは、すごく嬉しい。名門のドイツ・グラモフォンによって録音まで再開したしね。



C: 私、ネゼ=セガンが指揮したフィラデルフィア管の2014年来日公演聴きました!

A: どう思った?

C: 私の世代じゃ昔の「フィラデルフィア・サウンド」の素晴らしさを知らないわけですけど、聴いてみて、なんて綺麗な音だと!甘美さと生き生きした躍動感が両方あって。

A: うん、私もそう思った。美麗で柔らかく、豊かなエネルギーを発してて、実に愉しかったし嬉しかった。これは元々の彼らのもつ音が健在だったところに、フランス系カナダ人のネゼ=セガンの力が大きいよ、きっと。デュトワと似た面を持っているから、オーマンディやムーティの頃よりより透明・軽妙な傾向はあるけど、それでもマーラー「巨人」ではずっしりと密度の厚い部分があったり。私は特にモーツァルト「ジュピター」での形へのセンス、生き生きとしたドラマが宿るポリフォニックな旋律線の動き、輝かしさが心に残る・・・

B: 今度の来日公演も楽しみですね。

C: フィラデルフィア管の昔のことを知ったら、その上に立つ「今」がすごく楽しみになってきました!


(終)



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