楽団創立275年、ブロムシュテット90歳、カヴァコス50歳とアニバーサリー尽くしの今回のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団日本ツアー。大成功が伝えられた初日の札幌公演に続き、昨日11/9は横浜みなとみらいホールでのブラームス「ヴァイオリン協奏曲」とシューベルト「交響曲第8番 ザ・グレイト」でした。
まず驚かされたのは、50歳になったレオニダス・カヴァコスのヴァイオリン。
私が前に聴いたのは6年も前、ちょうどこのオーケストラとの共演で、リッカルド・シャイー指揮のドヴォルザークの協奏曲でしたが、絹のように透明な音はそのままにしても、全体が格段の飛躍!!もはや別人の大家です。
ステージに出てきたときに、画家?と思うような風貌――ロン毛にメガネ、ブルーグレーのたっぷりしたシャツに黒ズボン。ヴァイオリンよりも絵筆でも持っていそうな(笑)――から、音を出した途端の恐るべき集中力。緻密な静謐さから鬼神のような強大さまで、自由に駆け巡ります。まったく自然体で至難なものなどなにもない、といった如くに。沈黙も情熱も同じくらい深く、強い。これらの「奥義」が集約的に出ていたのは第1楽章のカデンツァ(ヨアヒムのもの)だったと思いますが、カヴァコスが素晴らしいな、と思うのは、それらの凄さが自分を見せるためのものでは全くなくて、すべてが「ブラームスの音楽」の内実を響かせることに捧げていることがありありとわかる、ということです。
それについて言うと、ブロムシュテットとゲヴァントハウス管も不思議なことですが、幅広い流れでありながら、この音楽を豊饒に拡大させていくより、音楽を静かに沈潜の方向へと導いていくのですね。心の奥へ奥へと。
自分はブラームスのこの音楽に、こんなにまで夕映えの空のような空気を感じたことがこれまであったかどうか。
ここでまた思い出すのですが、そういえば、ブロムシュテットは昨秋のバンベルク交響楽団との来日公演のとき、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(Vn: 諏訪内晶子)の演奏でも、覇気よりも内向的な瞑想を志向していました・・・
また、それにあたって、オーケストラのとるフレージング――極端でないまでも出だしをすっとふくらませ、その後自然に減衰していくようにおさめていくやり方もそうした空気を助長しているように思えました。
こうした細かい部分でのしつような(?)リハーサルはブロムシュテットの若い頃からよく伝え聞くところで(何度か見たことがあります)、後半のシューベルト「ザ・グレイト」でもそれは精密というより、丹精こめて丁寧にネジをしめていく、といった作業をしていたのではあるまいか?と。木管楽器のアーティキュレーションやハーモニー、弦楽器の刻みやトレモロ、スケルツォでの「ンッチャッチャッ」という後打ち、フィナーレでの「タラタ、タラタ、タラタ、タラタ」と高速で駆け抜ける三連符など・・・。
そうした目立たない、しかし大事な支えがきちんとしているからこそ、却って音楽全体が自由でオープンな息吹を得ることができたのではないかなあ、などと想像します。
シューベルトのこの曲で印象的だったのは、第2楽章の中頃、あの怖いくらいに音がきしみながら増大し、ついにはカタストロフ的にそれが崩れ去るところ(そしてその後の深い沈黙)よりも、むしろ、その前後の優しげな歌曲風の部分だとか、第3楽章のトリオ部分、フィナーレでの「第9」を思わせるメロディなど、この曲につきまとう「天国的な」という言葉は、「長さ」ではなく、こんなところに使いたいな、と思ってしまいました。天国的風情。
とはいえフィナーレ、寄せては返す波のような連続が積み重なると、指揮者、オーケストラともボルテージの高まり、力感の高まりはものすごく、ラスト近くに弦楽器が全員が全力で「ド」の音を強奏し、それに金管がレスポンスするところなど、まさにデモーニッシュなシューベルトと化していました。
お客様の割れんばかりの拍手は当然です。私とて。
しかしマエストロ・ブロムシュテット90歳、なんたる前向きなヴァイタリティでしょう。
一方もちろんそこまで高齢なわけですから、なんとなく身体そのものは少し縮んだような気がします。腕の動きも、若い頃のはちきれんばかりの指揮ぶりを知っている者にとっては随分控えめになったな、とは思います。
でもマエストロの指揮姿を見て聴いていると、今や自分からエネルギーを放出するというより、自分が指揮することでオーケストラから出てくる音楽から逆に力を得て、それを循環(?)させているような感じがするのです。
(もちろんこれは私個人の感じ方かもしれませんが)
それからとっても集中して聴いている聴衆との相乗効果も。そして会場を大きく包むヒユーマンな空気が生まれます・・・
ところでゲヴァントハウス管の音、終わってからはたと気づきましたが、シャイーとの演奏のときの輝かしいヴィルトゥオジティから、再び手作り感のある(良い意味で)ローカルな響きに戻ったような。とても清新な空気をまといながら。
特に、重厚で広がりのある弦楽器群と対比的な、オーボエの太く艶やかな響きと、フルートの首席奏者セバスチャン・ジャコー(サイトウ・キネン・オーケストラで吹いていた人ですね!)の冴え冴えとした響きが印象に残ります。
長々と書いてしまいましたが、このアニバーサリー尽くし、そして心満たす充実の、今回のブロムシュテット&ゲヴァントハウス管&カヴァコスの公演、ぜひ多くの方とその音楽をシェアできれば嬉しいです。ご来場、お待ちしております!
(A)
*文中の写真は横浜公演のリハーサルから
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2017.11.10
2017.10.24