若い世代でも特に良きセンス、佳き音楽への姿勢で今後が期待される若手ヴァイオリニスト、セルゲ・ツィンマーマンが10月後半に来日。
もちろん皆さまご存知の通り、彼の父親は現代最高のヴァイオリニスト、フランク・ペーター・ツィンマーマン。そうした環境で育ったセルゲがどのような思いや考えをもって音楽に向かっているか、色々なことを聞いてみました。
公演前に、ぜひ!
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――今度日本で弾く曲は、もちろんあなたの好きなものばかり、と思いますが、
それぞれの曲へ、どんな「愛」をもっているか、話してくれますか?
ありきたりな言い方かもしれませんが、今回のふたつのプログラムは、いずれも私の心の中で特別な位置を占めています。まず、ベルクの《ヴァイオリン協奏曲》は、赤ん坊の頃から何度も何度も聴き続けてきた作品です。ご存知の方もいるかもしれませんが、この協奏曲はヴァイオリニストである私の父の大切なレパートリーであり、当然私は、父がこの曲を自宅で練習したり舞台で演奏したりしている姿を頻繁に眺めてきました。この協奏曲は、20世紀にヴァイオリンのために書かれたもっとも重要な作品─あるいは、もっとも重要な作品のひとつ─でしょう。単にヴァイオリン協奏曲であるだけでなく、真の芸術作品の域に達していると言えるのではないでしょうか。
リサイタル・プログラムはJ.S.バッハの作品で構成されています。実のところ昔から、私にとってバッハは、モーツァルトよりも「しっくりくる」作曲家でした。ヴァイオリニストは大抵、バッハかモーツァルトのいずれかの作曲家と相性が良いように思います。これまでバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータを、他の曲と組み合わせて演奏会で弾いたり、抜粋という形でアンコールとして演奏したりしてきました。しかし私は、ソナタとパルティータだけでひとつのリサイタルをプログラミングすることを長いあいだ夢見てきました。今シーズンにその夢が実現し、さらにこのプログラムを携えて日本を訪れることになり、心からわくわくしています。
――中でもJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン曲というのは、ヴァイオリニストとして最高・最大のレパートリーですよね。これらを弾くとき、どんなことを思いますか?曲そのもののこと、演奏するにあたってのこと・・・また初めて弾いた時より今の方が見えること、練習するときに留意することetc、なんでもお話しください。
J.S.バッハのソナタ第1番とパルティータ第2番は、いずれもヴァイオリニストにとってエヴェレスト山のような存在です。これらの作品はつねに、他の作曲家の作品とはまったく異なるアプローチを求めてきます。そしてそれゆえに演奏者は、奏法や解釈に関して、いくつもの難題や高いハードルに直面することになります。ベートーヴェンの10曲のヴァイオリン・ソナタと同様に、バッハの無伴奏ヴァイオリン作品は、この楽器の概念を超越しています。通常ヴァイオリンに与えられている役割や機能を超越しているという意味で。ゆえに、普段ヴァイオリニストが行っている練習だけでは歯が立たないのです。バッハの音楽は─とりわけ6曲の無伴奏ヴァイオリン作品は─、他の作曲家たちの一連の作品のように、ある一定の時間をかければ上手く弾ける類のものではありません。おそらく、ひとりの演奏者が限られた人生の中で完璧な解釈に達したり、演奏を完成させたりすることは永遠にあり得ない音楽なのです。私の故郷ケルンには、有名な大聖堂がありますが、私たちがその「完成した姿」を目にすることは決してありません。つねに修復や改築が行われており、必ずいつも建物のどこか一部が工事中なのです。ケルンの人々は、「大聖堂が完成する日、あるいは、工事を必要としなくなる日は、この世界が無くなる日だ」と冗談半分に話しています。つまり今後もずっと、人々はケルンの大聖堂を作り続けていくのです。これはまさに、バッハの6つの無伴奏ヴァイオリン作品の演奏にも当てはまります。
バッハの無伴奏作品を弾いてみたいと思っている方たちに、私が助言できるとするなら、できるだけ早く演奏し始めることをお勧めします。残念ながら多くのヴァイオリニストが、十分に早い時期にバッハの音楽と向き合い始めていません。バッハの音楽を演奏するのは年齢を重ねた賢明で経験豊富な者でなければいけない、という間違った思い込みが、蔓延しているからです。私はこうした考えに断固として反対の意を表します。若いうちから弾き始めないと、バッハの音楽を十分に理解することは決してできません。彼の音楽は、何年、年十年と演奏し続け、熟させていくべきものです。
――お父さん(フランク・ペーター・ツィンマーマン)もまたバッハの無伴奏曲はもちろん、ヴァイオリンのあらゆるレパートリーで素晴らしい成果を残しています。彼から影響を受けたもの、学ぶべきと思うこと、または「父はこうだけど、自分はこうありたい」と思うことなど・・・ありますか?
父から感化されなければ、今の自分は存在していなかったでしょう。音楽観や、正直で誠実な演奏家として生きていきたいという理想に関して、おそらく現在の自分自身の8割は、父から影響を受けていると思います。父から人生について沢山の教えや助言を与えてもらったことは、じつに幸運でした。父は私の人生にとって、かけがえのない拠り所であり続けています。父と私には似ている点が多いのですが、それと同じだけ、似ていない点もあります。だからこそ、父と私はこれほどエキサイティングな絆で結ばれているのだと思います。私にとって父は偉大なメンターです(父はいつもそれを否定していますが。)なぜなら父は、「自分は過去にこうした」と言って、私に何かを強要したことは一度もないからです。ただし父は、既成概念を破れ、といつも言っています─それによって私の演奏が、父の演奏とは正反対のものになる場合であっても。父と私のあいだの唯一の決まり事は、何かをしたい時には父を説得しなければならない、ということでした。私は父を説得することさえできれば、どこでも自由に好きなことができました。
――ヴァイオリンを弾くとき、音色や、ボウイングに伴ってフレージングを作るというのは重要なことと思いますが、それらを高めるために日頃どんなことに気を付けますか?練習の仕方を含め。
ヴァイオリニストは、左手の奏法の事ばかり考え、左手の練習に多くの時間を費やしがちです。そのためにいつも、右手=弓を持つ手のほうがいっそう重要であることを忘れてしまいます。ヘンリク・シェリングは、ヴァイオリン奏者の右手とは肺のようなものである、言っていました。この問題について詳しく論じるためには、より多くの経験を積まなければならないでしょう。しかし、つねにオープンな姿勢で学ばなければいけないということは確かです。また、学び続けることも大事です。これは演奏だけでなく、他のすべてのことに当てはまります。年を取れば取るほど、私の学ぶ意欲は高まっていますが、同時に自分が何も知らないことを思い知らされています。知らなければならないことは山程ありますから、ある年齢に達したら学びは終わるなどと考えるのはナンセンスです。「学ぶのに遅すぎることはない」ですし、それは楽器演奏でも、料理でも、言語の習得でも、同じことです。もしも何かに好奇心を抱いたら、失敗を恐れずに、自ら行動を起こして挑戦すべきです。実際、失敗せずに何かを学ぶことは不可能ですから、失敗はとても重要です。私たち人間には、誰かの失敗をネガティヴに捉える癖がありますが、実のところ失敗とは、何かを学ぶ上で当然起こるはずのことです。大切なのは、立ち止まらないこと、どんな時も最初からまたやり直す根気を持ち続けることだと思います。
――共演者で感動させられた人は?どんな曲で?
2009年にアンドラーシュ・シフ指揮フィルハーモニア管弦楽団との共演でメンデルスゾーンの協奏曲を弾きました。一生忘れることのできない、素晴らしい体験でした。
――音楽のことから離れたいとき・・・・そんな時があるのかわかりませんが・・・そうした時は何をしますか?
また最近気に行った本や映画を教えてください。
最近では何年か前に2週間弱、演奏活動から離れて休養しました。通常は2~3年に1度、そのようなまとまった休暇を取り、大好きな旅行をしています。演奏旅行では各地を訪れていますが、いかんせんツアー中はゆっくりと観光できません。空港とホテルとコンサート・ホールを往復するだけですからね。だからこそ、少なくとも休暇中には、自分の好きなように旅をしたいのです。それこそが、旅の醍醐味でもありますよね。一番最近は、アイスランドに行き、2週間かけて島中をハイキングしました。人生観が変わるような体験でした。また旅に出たいなと思っています。おそらく来年あたりに。目的地はまだ決めていませんが、インドネシアのバリ島とコモド島に惹かれています。
ツアー中に読書をするのも私の大きな楽しみのひとつです。特に毎年秋には、E.T.A.ホフマンの『夜曲集』を読み返しています。最近読んで気にいった本は、ジャック・ケルアックの『路上』です。
映画館に行く時間がなかなか確保できずもどかしいのですが、できる限り時間を作って行くようにしています。私は練習あるいは演奏をしていない時には、ほぼ必ず映画館にいます(笑)ひとりで夜11時のレイトショーを観に行くのが好きです。先日はダーレン・アロノフスキー監督の『マザー!』を観ました。文句なしに巧妙で、素晴らしい映画でしたよ!
(質問: KAJIMOTO編集室)
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セルゲ・ツィンマーマン 日本公演予定(2017)
10月27日(金)18:45 広島文化学園HBGホール
ベルク: ヴァイオリン協奏曲 -ある天使の思い出に
(共演 下野竜也指揮 広島交響楽団)
10月28日(土)16:00 東京・杉並公会堂
J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調BWV1001
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番ハ長調BWV1005
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004
10月31日(火)11:30 横浜・フィリアホール
J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番ハ長調BWV1005
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004
セルゲ・ツィンマーマン アーティストページ
http://www.kajimotomusic.com/jp/artists/k=132/