(前回に続く)
―― マエストロは一方で、ベートーヴェンはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団というドイツ音楽にとって伝統の楽団、ストラヴィンスキーはロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団という進取気質の楽団という、それぞれこれ以上ないオーケストラで指揮してきたわけですが、LFOでは違った何かを求めることになりますか?
C:
仰る通り、私はこれらの曲をこの両楽団で指揮し、またスカラ座フィルでも演奏しています。
さてルツェルン祝祭管(LFO)はヴィルトゥオーゾ・オーケストラでありますが、常設のオーケストラではありません。LFOは「プロジェクト・オーケストラ」であり、世界各国から集まった最高の演奏者たちで構成されています。だからこそ、毎年特別なレパートリーとプロジェクトを演奏するためにデザインされた「楽器」となりえるのです。それ故、8月のルツェルン、10月の日本でLFOと演奏することを楽しみにしています。
――ほかに採り上げたい作曲家や、考えている将来のプロジェクトはありますか?
C:
日本にはもっていきませんが、既に今年のルツェルンのプログラムにも入っていますよ。例えばメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」は音楽が素晴らしい。そしてチャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」。今年のフェスティバルのテーマは「アイデンティティ」で、これらの曲はシェイクスピアとバイロンの作品に関連しているから、というだけでなく、2人のこうしたスタイルの音楽は過去にLFOで演奏してこなかったので。今回のような様々なレパートリーをもちたいと思っています。
―― 期待できそうですね。私もネットでプログラムを見ているだけで行きたくなりましたし、聴衆にとっても特別な体験ができそうです。
C:
その通り、素晴らしい体験ができると思います。
ルツェルン・フェスティバルの素晴らしいところは、その歴史を見てもわかりますが、1か月もない日程の中で、数えきれないほどの世界有数の演奏者、アンサンブルの演奏を聴くことができることにあります。なかでもLFOのコンサートは毎年いちばん待ち望まれ、フェスティバルの開会を告げる公演です。また現代音楽のためのアカデミーがあることも忘れてはいけません。故ブーレーズが作り上げ、今度はピンチャーとリームが引継ぎます。これは私がLFOと並行して行う重要な活動のひとつと考えています。
―― LFOの前身はトスカニーニが、今のLFOはアバドが・・・こうしたイタリアの偉大なマエストロの系列に連なることについて。私たちはそもそも音楽の先進国であった芸術の国、イタリアのマエストロたちへ最高の賞賛と尊敬をもっています。
C:
今、私がこのミラノにいることが象徴的だと思います。私はミラネーゼです。ヨーロッパ北部、ベルリンやアムステルダム、ライプツィヒに長年拠点を置き、そして原点に戻ったのです。ここへ戻ることが自然で、このスカラ座にいることに全く違和感がありません。この劇場は古くから知っています。私がミラノ音楽院で勉強している間、私の父ルチアーノ・シャイーはここの芸術監督でした。ですから、少年の頃からここにも足をよく運びオペラ、バレエ、シンフォニック・コンサートなど様々な公演を見聞きしました。今ここ、ミラノにいることはとても自然に感じます。
そしてルツェルンはまた特別な場所です。トスカニーニとアバドという偉大なイタリア人指揮者が先代にいたというのも特別です。責任感はとてつもなく重く、私の肩にどっしり乗っています。でもそれはとてもポジティヴな重さなのです。
―― ルツェルン・フェスティバルは「ARK NOVA」の活動で、2011年の東日本大震災後の日本を励ましてくれました。
C:
地震というとてつもなくショッキングな災害を経験することはとても悲しいことです。ライプツィヒでも、ブルックナー「第8交響曲」を被災された方への追悼公演として演奏しその時のことを鮮明に覚えています。とても感情的な演奏になりました。私たちは日本を愛し、よく知る国であり、そもそも3月11日の寸前に来日ツアーを行っていたのです。このような悲劇が馴染の深い土地で起こることほど悲しいことはありません。
音楽は答えを与えません。でも人々の魂を癒すことはできます。ポジティヴなエネルギーや希望を贈ることもできる。そしてARK NOVAという可動式コンサートホールはとても画期的です。壊れるというリスクも避けられますし。(編注:LFOの来日時期に合わせ、公演直前の9/19~10/4、六本木の東京ミッドタウンにARK NOVAが出現します。http://www.tokyo-midtown.com/jp/news/3695/)
日本は徐々に復興し、新しい未来を築きつつあると聞きます。そして耐震技術をもつ建物に関しては、日本は恐らく世界をリードするのではないでしょうか?未来は見えないけれど、二度と同じことが起こらないことを祈るしかありません。
―― マエストロは親日家と聞いていますが、日本に行くことで楽しみなことは?
C:
私も妻ガブリエラもまず和食が大好きです。そして日本人の相手に敬意を払う気質が素晴らしい。共同体として社会的にも。東京のような人が溢れる街に住みながらも、他人から邪魔されるということを感じたことがありません。そして音響の整った素晴らしいコンサートホールの数に圧倒されます。ヨーロッパに比べてすごい数です。信じられない。また忘れられないのは日本の聴衆のあたたかさ。皆さまのマナー、ホール内の静けさ、敬意・・・聴衆との一体感を感じます。そして演奏後の大々的に表わしてくれる喜び。私はまるで何かを表彰されたように感じるのです。
2017年6月 ミラノにて
聞き手・文: 杉山亜希子 / 質問作成:KAJIMOTO編集室
2017.08.19