「
ポリーニ・パースペクティヴ2012」の3日目(ポリーニが出演するのは2日目)。
今日はベートーヴェンとシュトックハウゼン作品を組み合わせた日。
日本公演では折にふれてシュトックハウゼンを弾いてきたポリーニ、その演奏の凄さはファンの方々もよくご存じのところです。今回は2005年以来の「ピアノ曲VII」と「ピアノ曲IX」が取り上げられました。
「VII」の点描的な(少しヴェーベルン的な)音と休符の交代は、会場をあっという間に息もできないような緊張と静寂で包みます。聴いていて、ちょっとでも身動きしたらその音が響いてしまうのでは?と恐怖すら覚えるほどの沈黙の中、星のように音がきらめき、それが聴いている私たちの心を引き裂いたり恍惚を感じさせたり・・・。これは「現代音楽」という以前に、現代社会を蝕む虚無的空気そのものじゃないか、と思わせるほどでした。それが圧倒的に美しいと感じさせる、というのは何という矛盾でしょう。
(ところでこの大変な難曲の譜めくりをした方、本当におつかれさまでした!)
***
今回は「
ベートーヴェン-マンゾーニ」の回以上に、総じてマエストロの弾くピアノの音の美しさが冴えていました。硬質な大理石のような質感、抜けるようなカラッとした、しかしほのかにあたたかみの加わったまろやかな空気感・・・、それだけで胸がいっぱいになります。続くベートーヴェンの「告別」ソナタや第27番の第2楽章はその白眉でした。このポリーニ特有の音による、主旋律のきれいな弧を描くようなカンタービレはもちろん、埋め草的な伴奏型の音まで美しく屹立してきらめくという、絶対ほかのピアニストからは聴けない独自の質感だと思います。これこそ造型に秀でた、超一級のイタリア地中海芸術家にだけ許された天賦の音楽ではないでしょうか?
もっともベートーヴェンの演奏に入ってからは、またもエンジンのかかりが遅く(いや、かかり過ぎ?)、今日の場合は音楽の「前のめり」が甚だしい場面があって、第25番の第1楽章では、前の楽想の終わりに次の楽想の始まりがかぶり、どこで切り替わったのかわからないほど、あれよあれよと弾いてしまう箇所が散見されました。それが休憩後の「告別」ソナタでようやく安定し、焦点が合い、この曲および第27番は前述のとおり、本当に美しく、内側から噴き上がる熱いエネルギーに支えられた素晴らしさとなったわけですが。
そこには凄みすらありました!
***
しかしこうして、前回からベートーヴェンの中期ソナタを「ワルトシュタイン」から順に聴いてきますと、よく「どこからが後期ソナタになるのか?」と議論される問題も、「27番からだろうか?」という気がしてきます(通常は28番から、という意見が大勢なわけですが)。特に27番第2楽章の、シューベルトを先取りしたような、浮世離れしたひたすら流れ、歌う浮遊感覚など、ポリーニの演奏を聴くとそんな気分に誘われ、今のマエストロにはそうした後期ベートーヴェンの精神世界が相応しいという手応えを感じます。
アンコールで弾かれた「バガテルop.126-3」の澄み切った世界を聴いていると、その思いは確かなものになりました。高音域のトリルがはるかな時空に吸い込まれるような恍惚感など、これは第30番の第3楽章の最終変奏や、最後の第32番の第2楽章などはさぞや!と思わずにはいられません。
今回も盛大なスタンディング・オベイションがサントリーホールを包んでいました。
→
ポリーニ・パースペクティヴ2012 特設サイト