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2012/09/14 | KAJIMOTO音楽日記

●ルツェルン便り~音の輝きと圧倒的な気迫~「ポリーニ・パースペクティヴ」最終回レポート!

ルツェルン・フェスティバルは、本日がハイティンク指揮ウィーン・フィルによるR.シュトラウスのアルプス交響曲プロ、明日が同コンビによるブルックナーの交響曲第9番プロと、わくわくするラインナップが続いています。

そんな、今年も大盛り上がりのルツェルン・フェスティバル。その目玉で、世紀の大プロジェクトと注目された「ポリーニ・パースペクティヴ」が、8/12に続き8/30にも行われ、フィナーレを迎えたことは、先日に写真を交えて速報した通りです。

8/30は、ポリーニがベートーヴェンの後期3大ソナタを演奏。
このルツェルン公演をお聴きになった(羨ましいですね!)松本學さん(音楽評論家)に、当日の様子等をつづっていただきました。

 


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ポリーニが現在取り組んでいる「ポリーニ・パースペクティヴ」。今秋の東京では一気に上演されるこの世界的プロジェクトは、もともとは昨年2011年からスタートしたもので、ルツェルン・フェスティバルでは以下の内容で昨夏に2公演、そしてこの夏に後半の2公演が行われた。
 

第1回:マンゾーニ(Il rumore del tempo“時の音”)&ベートーヴェン(opp. 53、54、57)
第2回:シュトックハウゼン(ピアノ曲VII、IX)&ベートーヴェン(opp. 78、79、81、90)
第3回:ラッヘンマン(弦楽四重奏曲第3番「グリド」)&ベートーヴェン(opp. 7、13)
第4回:シャリーノ(「謝肉祭」第10~12番)&ベートーヴェン(opp. 109~111)


筆者は、今夏は8月12日にはあいにくザルツブルク音楽祭に移動していたため、ジャック四重奏団と行われた第3回公演(ラッヘンマン&ベートーヴェン)に立ち会えなかったが、第4回は聴くことができた。ここでは、その内容を簡単にお伝えする。

前半に置かれたのはシャリーノの「謝肉祭」。この作品は12曲から成る連作で、今回は「ポリーニ・パースペクティヴ」のために書かれた最後の第10~12番が世界初演された。

第10番〈震えるままに〉はヴォーカル勢に2つのチェロによる作品。短いテクストを何度も反復しながら、声楽陣5人がはじけるような音や、短いアクセントなどを駆使し、艶かしく絡み合って展開してゆく。多用されるチェロのグリッサンドも幻想的だ。
続く第11番〈雨の部屋〉は、器楽のみの編成。ピアノのソロから始められるスケルツォ風楽想で、演奏時間も長い。チェロはグリッサンドの他、演奏中にスコルダトゥーラ(弦を緩めてチューニングを変えること)を行ったり、フルート群はトリルや息の音(吐くだけでなく吸う音も使用。頭部管のみで奏したりもする)、トロンボーンはミュートの着脱を頻繁に繰り返すなど、様々な奏法が用いられている。その中を、鐘のように、厳かでシンプルな---しかし複雑なリズムで---ピアノの響が鳴り続ける。
第12番〈弦のない琴〉はピアノとテノールで開始。しばらくしてチェロのピッツィカートの印象的な場面が挿まれ、その後、全合奏となる。

筆者註)第10、12番のテクストは、共にシャリーノ自身による。《12のマドリガル》が松尾芭蕉の俳句だったように、こちらも素材をアジアから採っており、第10番は孔子とその門弟との対話からの断片、第12番は陶淵明の作品に基づく。

これら3曲を演奏したのは、ティート・チェッケリーニ指揮のクラングフォーラム・ウィーン(室内アンサンブル)とシュトゥットガルト・ニュー・ヴォーカル・ソロイスツ(声楽アンサンブル)。そしてピアノは、ポリーニの子息であるダニエレ・ポリーニが担当した(来たる日本公演も同じメンバーが予定されている)。声楽陣の多彩な声の肌理(きめ)と器楽勢の緻密なアンサンブルによって、シャリーノのユニークな着想による微細でデリケートな音響世界が巧みに表現されていたと思う。聴衆の多くも、第10曲のキャッチーなスタートで一気に耳を惹き付けられ、楽しんでいたようだ。



リハーサルの様子

後半は、真打ちポリーニが登場。ベートーヴェンの最後の3つのソナタが作品番号の順に演奏された。筆者がこの日、特に感銘を受けたのは、ひとつはモデラート楽章、あるいは緩徐楽章での澄みわたった歌の魅力だ。作品109の後半のアンダンテの変奏曲楽章の幸福感、作品110の第1楽章の優雅さ(と続く第2楽章の切迫感との鮮やかな対比)、そして作品111のアリエッタ楽章の深み(やleggiermente部の高音のきらめき)など。と同時に、急速なパッセージや楽章でも、守りに入らずギリギリまで攻めてゆく態度も心憎い。むろん、70歳を迎えたポリーニにとって、年齢は確かに影響を与えていると思う。そのため、いわゆるミスタッチも皆無ではない。かつてのポリーニの面影を追い求め、あの強烈なメカニックばかりを求める向きには、その点では批判的に受け止められることもあるだろう。しかし、作品109の最初から、この日の白眉である作品111に向かい、その音の輝きと圧倒的な気迫で音楽の求心力をいや増してゆくポリーニにはやはりさすがだと感じさせられた。




なお、今秋の東京公演では、ルツェルンで行われた全4回のシリーズの内、ラッヘンマンの回のベートーヴェンの曲目が異なっている。これは東京でしか体験できない組み合わせ。おおいに楽しみだ。


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本記事、ならびにこれまで「ポリーニ・パースペクティヴ」に関してご紹介してきたWeb記事は、「ポリーニ・パースペクティヴ2012特設サイト」でまとめてご覧いただけます。
公演情報をまとめてチェックできる便利なサイトですので、ぜひ一度、お立ち寄りください。
 

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